物心つくずっと前から僕はひとりだった。ひとりであることを悲観したこともない代わりに、幸せを感じたこともない。そんなこといちいち考えているような暇はなかった。考えて、足を止めれば次の瞬間は「ない」、そんな世界だった。
僕はパレルモの街の薄汚れたアパートメントの一室で生まれ、それからすぐに母親に捨てられた。捨てられた、というのも聞いた話で、じっさいどんな事情があって置いていかれたのか、はたまた野垂れ死ぬか殺されるかしてこの世からいなくなってしまったのか、今となっては分からない。さいわい家の隣に住んでいた爺さんが親切な人で、母親を失った幼い僕に同情してか色々と面倒を見てくれたからよかったものの、そうでなければ間違いなく僕の儚い人生はほんの半年ほどで幕を閉じていただろう。ただでさえ僕は東洋人とのハーフであったため、その姿形から迫害を受けることもしばしばあった。
しかし親代わりの爺さんも早々に亡くし、とうとう天涯孤独になった僕は、まだ幼き身空でバッラロの市場で花を売る仕事についた。つかされた、と言ったほうがいいかもしれない。死ぬ間際、身寄りのない爺さんが僕にくれると言った家は実のところ彼の持ち物ではなく、この辺りの人間なら十中八九予想もできようが、元締めのマフィアが所有する土地の一角を借り受けていただけであったと判明した。彼は生前牛肉解体業を生業としていて、どうやら市場の屋台で臓物のばらしたのやらを観光客相手に売ったり、後は近隣のレストランに塊や加工品を卸すなどしていたらしい。しかし市場のみかじめ家賃その他諸々をある時期から滞らせ――そのの時期というのが、僕の面倒を見始めた時期とぴったり一致するのだと、爺さんの葬式に現れた黒づくめの男が、わざわざご丁寧に説明をしてくれたのだった。そのときの口調は非常に慇懃だった。オールバックにひっつめた髪に銀縁の眼鏡をかけていた。
だがインテリジェンスな第一印象とは裏腹に、男は僕に厳しかった。煙草をくゆらせながら、
「爺ぃの支払えなかった金、代わりに稼ぐのが育ててもらった恩てもんじゃねえか」
言ってまだ五歳位だった僕を市場まで連れ出し、花の入った籠と少量の小銭だけを手渡してその場に置き去りにした。そうして夕方陽の落ちる頃再び現れ、今日売れた花の分だけ金をぶんどって帰っていった。「明日も絶対に来い」と言い残して。
その日から僕の仕事は花売りになった。爺さんの家に引き続き住まわせてもらう代わりに、毎日雀の涙ほどの小銭を稼いでは、全部男に持っていかれる。男からしてみれば、日々の煙草代にもなりはしないだろう。幼心に疑問だった。男がなぜこんな役立たずの子どもを働かせて、なんの足しにもならない金を作らせているのか。
本当の理由が知れたのは、僕が十歳になるかならないかの頃だった。僕は男に連れられ、初めて彼の上司だという人の家を訪れた。厳密には家とは言えないのかもしれない。ともかくバッラロの街から車で三十分以上走らせた、山林に近い位置にその豪邸はあった。今考えれば豪邸といってもそこまでの代物ではない。しかし十歳の子どもから見れば充分すぎるほどで、僕はすっかり萎縮しきってしまっていた。今にも泣きそうな顔で、どこまでも続く廊下をのろのろと歩いていたら、珍しく緊張をたたえた男が僕の頭をぞんざいに撫でた。男はここに来る前、薄汚い格好で「先生」に合わせられんといって、街中のテーラーで僕に一張羅を買ってくれたし、今日は一度も煙草を吸っていない。僕は彼の上司だという人物に会うのがますます恐ろしくなってきて、とうとう鈍った足を止めた。
「僕はどうなるのでしょう」
そう訊いても男は何も答えなかった。代わりに僕の腕を取り、半ば無理矢理奥へと引っ張っていった。僕は命の危機すら覚えていた。もしかしたらバラバラにされて、内臓から何から綺麗に仕分けされて売られるのかもしれない。爺さんに解体された牛みたいに。
最初に言っておくと、その僕の想像はまったく誤りであった。着いたその先の部屋は狭くはないが特筆して広くもなく、部屋中一面薔薇で埋まっていたり、続くバルコニーにプールが設置されているようなところでもなく、大人が仕事をしていそうな場所だという感想を、当時の僕は抱いた。今にして思えばあれは彼の部屋ではなく、いわゆる執務室か何かだったのだろう。
男に「先生」と呼ばれたその人は、思っていたよりも若かった。若いといっても四十は過ぎていようが、それでもこの世界の平均を考えれば若すぎるほどだった。その人はもちろん大元締めのボスではなく、コンシリエーレと呼ばれる組織の相談役であった。
彼の傍には僕と同じ年くらいの少年が添っていた。驚いたことに、その少年は東洋人のようであった。黒髪は珍しいものでもないが、顔立ちはまったく少年も僕と同じように、ここで働かされている子どもなのだろうかと考えたが、すぐにそれが間違いだと気づいた。「先生」は、少年を自分の息子だと紹介した。血のつながりのないことなど一見して知れるから、養子か、そうでなければ妾の子どもだとか、事情のある子どもであることには違いない。彼はいかにも育ちのよさそうな所作で僕に手を差し出し、握手を求めた。それでいて目つきはまったく友好的でなかった。僕は驚いて固まってしまい、後ろにいた男にこっそりと踵を蹴られてようやく我に返った。おずおずとその子の手を握り返すと、「先生」と男は満足げに視線を寄越してきたのだった。
それから僕は爺さんの家からこの屋敷へと住処を移した。要は、僕は彼の友人になるために屋敷に呼ばれたのだ。日頃から年近い友人が周囲にいない彼のことを心配して、「先生」が気を回したのだろうが、彼自身はまったくそんなこと、気にもしちゃいなかった。
彼は「先生」や周りの人間から、キョンという名前で呼ばれていた。本当の名前ではない。どういう意味なのかと聞いたら、彼自身も分からないという。おそらく母親の故郷の国の言葉だろうと。しかし僕の「イツキ」という名前の意味は知っていた。「Un albero——一つの大きな樹という意味だ」と彼は初めて僕に笑いかけてくれた。とてもささやかな笑みだったけれど。
彼は小難しい知識をよく知っていた。召使いの女性が貸してくれるのだという古今東西の書籍を、彼は意味が分からないながらも与えられるがままに読んでいた。だからか彼は十歳にしては大人びていて、僕は彼の言葉の難解さに頭を悩ませることもしばしばだった。
「お前、親をとり替えたいって思ったことないか」
彼はよくそんなことを言った。正直なところ、彼のその問いを訊くたび、僕は彼を贅沢者と心中罵った。
「僕には、とり替えられる親もいませんから……」
普段は困惑混じりに曖昧な笑みで流すところが、あるとき僕は本当のことを少しだけ打ち明けた。彼が何度も言うことに、いい加減腹を立てていたのかもしれない。彼はそれを聞いて、ふんと鼻を鳴らした。
「お前には何のしがらみもない。自由だ。だから早くこんなところ出て行ったほうがいい。でないと、その内抜け出せなくなる。いくらもがいてもだ。俺はそういうやつをいっぱい知ってる。いいか、マフィアはろくでなしだ、恐怖で街を支配する悪役なんだ。俺は絶対マフィアになんかならない。いつか絶対に壊してやる、こんなもの」
それが不可能に近いことなど、僕は子どもながら薄々と感じていた。
彼とは結局一年ほど過ごしただろうか。彼が学校へ上がるのを期に、僕は彼の友人という役割を解かれた。元より大した役にも立ってはいない。彼はひとりでも平気そうだったし、僕はただ、ときどきする彼の話を聞いていただけだった。それでも「先生」は僕に大袈裟なほど感謝の意を述べた。表情が柔らかくなったとか、口数が増えただとか、そんなことを言っていた気がする。僕はそれで、ああこの人は本当に息子のことを分かっていないのだ、と思ったのだった。
それから数年後、僕はカポレジームになった彼——キョンと再会することとなる。