きみみたいな女の子


 彼女と私は偶然に町で出会っただけだった。
 それで今、一生の内に二度とここには来ないだろうというような乙女チックな趣のカフェで、ふたりで向かい合ってお茶をしている。私は居たくてここに居る訳ではなくて、彼女に無理矢理ひっぱり込まれただけだった。
 彼女の名前を私は思い出せない。彼女が出会った瞬間に「黒川さん!」と大声で私の名前を呼んだものだから、私は彼女の名前を覚えていないことをどうしても言い出せない。言い出せないまま、彼女は、お久しぶりです、だの、お元気ですか、だの時節の句を並べて私の腕を取ったのだった。


 彼女みたいな女の子はとても苦手だ。
 彼女は何故か、私と同じクラスの沢田という、どこが良いのか分からない男子に随分と入れ込んでいて、さっきからずっと、どれだけ沢田が格好よいか、沢田がどれだけ身を挺して自分を助けてくれたかを、身振り手振りで語っていた。それを私は頬杖ついてずっと見ている。言葉は右から左に抜けてゆくので、なんにも理解などしていない。
 彼女の口から滑るように流れる全ての賛辞が鬱陶しくてたまらない。そして未だ名前が分からないという不安を抱いていることも。こういう不安は小さいながらも影響力は強大で、私はすっかり立ち止まって彼女に付き合ってしまったことを後悔し始めていた。
「あれ、黒川さん、聞いてます?」
 私の反応の薄さにさすがに気付いたのか、彼女は首を傾げて怪訝な表情を浮かべる。
「聞いてるよ。ていうかさ、沢田のどこがそんなにいいの?」
 私は多少小馬鹿にしたように腕を組んで彼女を見下ろす。それでも彼女は私の視線の意味さえ気付かずに、私の言葉にのみ反論を掲げた。
「やっぱり聞いてないですね!今のハルの話を聞いてれば絶対にツナさんの良さが分かるはずです!いえ、やっぱり分からなくていいです!ライバルは一人でも少ない方が……」
 ハル。彼女はハルというのか。やっと彼女の名前が分かって、私はほっとする。私の一番嫌いな「自分の名前一人称」を、これほどまでにありがたいと思ったことはなかった。
「安心してよ。私には一生沢田の良さは分かんないと思うから」
 私がにやりと笑みを浮かべてそう言うと、彼女──ハルは、不満そうに「嬉しいけど釈然としません……」と呟いた。
 私は少し意地悪な質問を思いつく。
「えっとハルちゃん、知ってる?沢田に好きな人がいるのって」
 ハルは今度こそ私の真意に気付いて、むっと唇を尖らせる。そうしてため息をひとつ。
「……知ってます。ほんとは、ハルは歯牙にもかけられてないことなんて分かってます。でも、好きだからいいんです!ハルは、一生ツナさんを好きでいれたら、それでいーんです」
 そう言った彼女の目は何かに似ている。真っ直ぐで何の疑いも持たなくて、世の中の汚いことを何も知らない──ああ、子どもの目だ。
 あの沢田の家にいた、ばかな子ども達の目に、ハルの目はとても良く似ている。彼女に抱いた嫌悪感は、この所為だったんだ。
 いじめたい。何にも分かっていないこの子どものような女の子に、世の中の嫌なものを全部見せて、絶望味わわせてやりたい。
「ばかじゃないの。一生好きでいられる訳ないでしょ。あんたまだ中学生なのよ。どうせ高校生になれば新しい出会いがあって、沢田のことなんて忘れちゃうわよ」
 軽蔑と侮蔑を含めた目で射抜けば、ハルは負けずと強い目でこちらを睨みつける。
「そんなことないです!分かってないのは黒川さんのほうです。あなた本当は恋したことないんじゃないですか?」
 ハルの物言いに、さすがに私はかちんときて、思わず言い返した。
「私だって恋くらいしてるわよ。でもあんたとは違うわ。先のことなんて分からないし、ずっと好きでいる自信だってないもの。大体あんたみたいに、相手の迷惑考えず特攻するなんてバカみたい。静かに見守るのがほんとの恋だと、私は思うわ」
 冷静なつもりが、コントロールは効かなかった。どんどんと声が大きくなってしまったので、目の前の彼女は大層驚いたようで、丸い目を見開いていた。私の言葉に気圧されたて一瞬言葉を失いながらも、彼女は反論を試みようとする。
「そ、そんなことないです。ちゃんと気持ちを伝えなきゃ、分かんないじゃないですか。静かに見守って、それが何か自分と相手の得になりますか?見守ってたら相手が運命の人と出会って、そのままさよなら、なんてそれこそバカみたいじゃないですか!」
 彼女も負けじと最後には大声を張り上げた。私たちはいつの間にかぜいぜいと息をあげていて、ふと周りを見渡すと、遠巻きに他の客が呆れ眼でこちらを見ていたことに気付いて、顔が赤くなった。
 私は咳払いを一つして、ちょうど「STOP」の看板のように、彼女の前に右手のひらを差し出す。
「ちょっと冷静になろう」
「私はずっと冷静です」
「どこがよ!大声張り上げて恥ずかしいったらないわ」
「どっちがですか!」
 とうとう店員がこちらにやってきて、少しお静かに、とだけ言って立ち去った。そっと周りに目をやると、見事に全員に顔を逸らされる。
 私たちは顔を見合わせて、苦笑い。それはその内くすくすと、小さな笑い声に変わっていった。
「あー恥ずかしい。もう出よ」
 テーブルの上の伝票を握りしめ、音を立てて椅子をひく。彼女も急いで立ち上がって、テーブルを揺らせた。
「そーしましょうか。あーあ、もう1こ位ケーキ食べたかったなあ」
「あんた良くケーキを2こも3こも食べられるね。京子といい、信じらんない」
「いーえ、女の子はそういうもんです。黒川さんとは恋も味覚も趣味があいません!」
 呆れて彼女の顔を見ると、いたずらそうな目で笑う。本当に変な女の子だ。京子より、数段訳が分からない。鬱陶しくて、ばかな女の子。でも、憎めない。

 お金を払って外に出ると、もうすっかり辺りは薄暗くなっていて、通りの真ん中には、クリスマス用のイルミネーションがきらきらと点滅している。そういえばもうすぐクリスマスなんだ、と私はいまいち冴えない頭で考える。日本のクリスマスなんて、ただの商売目当てでろくなもんじゃない。
「ハルは今年こそ、ツナさんとクリスマスを一緒に迎えるんです……」
 うっとりと黄金色に輝く街を眺める彼女を見て、私はやっぱりこの子とは合わないわ、と考えた。




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