手紙


春川先生。これから私は今の自分を記録する為に、貴方に手紙を書く事にしました。私の日頃思う事を事細かに記した記録があれば、先生の研究にもきっと役立てる事が出来ると思うので。それに、少し面白いでしょう?会話だけでは見えてこない何かが、きっと見えると思うんです。
10日前のあの日、父から先生について色々と聞いていた私は、一体どんな方なのだろうとお会い出来るのを楽しみにしていました。先生は私の考えていた以上に、聡明で、ユーモアがあって、素晴らしい方だったわ。
これから貴方と色々な話が出来ると思うと、わくわくして病気の事なんて忘れてしまいそう。今では、検査の時間が楽しみでなりません。

先生、こんにちは。今日の先生のお話、とても興味深く伺いました。私は自分が恐ろしくあると共に、今自分の脳がどうなっているのか、研究者としての興味もあります。私の専攻は遺伝子ですが、脳と遺伝子は切っても切れない関係。出来る事なら私自身で、この病の謎を解決してみたい、そう思う事もあります。
それでも段々と、私の知能は冒されて、きっと今のように遺伝子の研究も出来なくなるのでしょう。
けれど、春川先生なら、きっと私の病を治してくれると信じています。だって先生は天才ですから。

先生。私のことを抑えてくれたんですね。ありがとうございます。全く、記憶にないのが悔しい。私は少しずつ、私を失ってゆくようです。先生を殴ってしまうなんて、自分が信じられない。このままどんどん私が私で無くなってゆく時間が多くなれば、きっと私はもっと先生を傷つけることになるね。
だんだんと、言葉を思い出せなくなっています。漢字も、簡単なものしか思い出せないのよ。これじゃ論文も書けやしない。もう、専門用語なんてずいぶん忘れてしまった。大学のノートも、教授の論文も、今読んでもちんぷんかんぷん。
先生は、スランプにおちいった時はどうしていますか?私は、数を数えます。刹那から、ずっと。そうすると少しずつだけれど、心が静かになってゆく気がする。
ああ、私、まだ自分の名前の漢字は覚えているみたい。

先生、もう、考えるのもおっくうになっています。漢字どころか、言葉がどんどん消えていく。だから、簡単な言葉で伝えてもいい?
私は先生がとても好きです。ずっとお話していたい。この手紙も、ずっと書きつずけられればいいのに。

先生、こんにちは。おはようございます。今日はとてもいい天気でしたね。今日のは少しつらかったです。いたいのは本当はきらいなの。
先生、あいしています。このことばだけは忘れたくない。

せんせい、もう、わからないです。わたしどうなってしまうの?こわい。せんせいあいしてる。

せんせい
おはようございます
さようなら
すき
すき

さようなら


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