おれたちはずっと手を繋いでいた。どこか知らない場所に行きましょう、と彼が言って、おれは曖昧に頷いた。そうしたらいつの間にか電車に揺られて、海の近くの町に来ていた。
潮の匂いが強い。寂れた旅館がいくつか立ち並び、錆に覆われた漁船が誰のものともなく波に打ち付けられている。ちゃぷん、ちゃぷんと小さな音を起てて、港の先に波が停滞している。
暑くもなく寒くもない今日の気温が、うっとうしいくらい肌にまとわりつくのが嫌で、おれたちは海の傍にあった小さな喫茶店でずっと海を眺めていた。薄暗い窓辺の席で、向かい合って座りながら、おれたちは何も話さない。目の前の窓だけが異次元から切り取られたようにそこに存在していた。
「ここはなんにもないね」
おれは窓の外のきらきらと光を称えた波間を見て言った。水平線をなぞるように、ゆっくりと船が走ってゆくのが見える。
「でも、10代目がいますから」
彼の手は行き場をなくしたように、ソーダ水の中のストローをゆらゆらと揺らす。泡の隙間から獄寺君の胸元のネックレスが見え隠れする。
「10代目がいるから、なんにもない所に行きたかったんです」
泡の波が光を受けて、だんだんと視界をぼやけさせる。もう眩しくて、ソーダ水越しに彼の姿は見えなくなっていた。光が多すぎる。何もなさすぎる。
なんにもないというのに、おれには獄寺君の姿すら見えない。
明日、彼とは、さよならを言う。
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