「愛しています」
「あなたのことを一番に」
「この世にあなたがいないことを考えたら、それだけで死んでしまいそうだ!」
彼が今までささやいた愛の言葉を数えてみたならば、きっと両手が幾つあっても収まらないほどの数になるだろう。彼は会う度、触れる度、抱き合う度、いつも愛の言葉を言わずにいられないらしかった。
おれは思っていた。言葉なんて軽すぎるものだと。心の中でどう思っていても、言葉を繕うことなど簡単だ。簡単すぎて、信用できない。現におれは今まで沢山嘘をついてきたし、嘘をつかれてきた。
だから、彼が愛の言葉を口にする度、おれは不安だとか苛立だとかを感じた。だけどそれを彼に伝えることはしなかった。きっとまたおれは嘘をついてしまうと分かるからだ。本人を目の前に、君の言葉を聞くと腹が立つんだ、なんて言える訳がない。彼が「好きです」と言えば、「おれもだよ」とおれは言ったし、彼が「愛しています」と言えば、「ありがとう」とおれは言った。
言葉なんて信用に足らないものだと、これだけでも分かるだろう。おれはそんなことを考えながら、目の前でサンドイッチに齧りつく獄寺君を見ていた。獄寺君は、この場を照らす太陽にすら感謝している、というような満面の笑顔で、おれを見返している。
公園の片隅にある売店のテラス席は薄汚れていて、お世辞にもお洒落とは言えないけれど、光を受けて眩しいほどの緑の芝生が目前に広がっていて、とても気持ちの良い場所だ。ここで食べるサンドイッチは美味しいのだろうな、と薄ぼんやりとそれを頬張ってゆく口を見つめてしまう。おれの目の前には、すっかり氷が溶けて足下に水たまりの出来ているオレンジジュースだけが、ぽつんと置かれている。
「10代目は、食べないんすか?」
獄寺君は口の中のサンドイッチを嚥下すると、ソーダ水を飲み干して、そう口に出す。
「うん、あんまりお腹減ってないんだ」
おれはそう言って作り笑いを浮かべると彼は、そうっすか、と呟いてもう一口。
嘘の笑顔すら分からないのだ。嘘の言葉なんて、分かるはずもない。
今だって本当は、今月の小遣いがもう無くなりそうで、サンドイッチにすらお金を使えないからなのだけど、そんなことを言ったなら、きっと彼は「気が利かず申し訳ありません!」と、売店の中で一番高いカツ&たまごサンドをおれに差し出すのがありありと想像できたから、また嘘をついた。
「獄寺君は、嘘をついたことがある?」
おれは口寂しくなって、もう味の薄くなったオレンジジュースを啜った。ほとんど空になっていたせいで、中身が伴わず、空しく音だけが響く。
「そりゃあ、あります。嘘をついたことのない人間なんて、いないでしょう」
そうだよね、とおれは視線を芝生広場の方へ移す。キャッチボールをする父親と小さな子どもが目に入る。おれなんて、あれくらいの頃から嘘つき常習犯だもんなあ、あの子どもだって、本当はキャッチボールなんてやりたくないのに、父親に連れ出されて仕方なくここに来ているだけかもしれない。
「でも、本当に大切な言葉に、嘘ついたことはありません。例えば、あなたへの愛の言葉とか」
その言葉に、おれは親子に奪われていた意識を、一瞬にして獄寺君へと集中させる。真正面に視線を戻すと、驚くほど優しい微笑みをこちらに向けた彼が、サンドイッチを一枚差し出していた。
「オレ、もうお腹いっぱいになっちまったんで、これ食べませんか?」
おれはもう恥ずかしさで、頭のてっぺんからつま先まで体温が上昇するのを感じて、思わず下を向いた。
彼が全部分かっていたことも、彼に優しい嘘をつかせてしまったことも、何もかもが、恥ずかしくてたまらなかった。
おれは呆れるほどに子どもで、獄寺君のほうがずっと大人だった。
「ごめんね」
目の前のオレンジジュースのカップを見つめたまま、おれは聞こえるか聞こえないか位の掠れ声で呟いた。目を合わせることすら出来ない小心者のおれが、まっすぐな彼に敵うはずはないということに、今更気付きながら。
「オレは、どんなあなたも好きです」
その言葉に思わず顔を上げると、目に入ったのは、絶対に本当の言葉だと分かるような表情を浮かべた獄寺君の顔だった。
そうだよなあ、彼が嘘の言葉を並べるはずがないんだよなあ。だって、彼はいつだって、まっすぐにおれの目を見て、言葉を発していたのだから。
「ありがとう」
おれは今度こそ、満面の、本当の笑顔を向けて、本当の言葉を伝えた。
vale:嘘