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「あーさっぶい!」
「10代目、早く早く。ソバ伸びちまいますよ」
 寒さに震えつつトイレから戻ると、獄寺君がこたつ布団にくるまりながら手招きしていた。妙に馴染んでいる彼の姿がおかしくて、笑みがこぼれる。それを見て、獄寺君は照れくさそうに笑った。

 二学期の終わり、終業式を終えての帰り道のことだった。
 いつものように、獄寺君と山本と一緒に下校しながら、おれ達は冬休みの予定なんかをネタに雑談をしていた。そのとき何気なく、大晦日はどうしているのかと訊いたおれに、獄寺君は不思議そうな顔で答えた。
「別にどうもしませんよ。大晦日って、何かするもんなんスか?」
 おれと山本がびっくりして、思わず顔を見合わせたのを見てか、獄寺君はますます訳の分からなそうな顔をして、それから見る見る不機嫌に顔を歪ませた──彼が不機嫌になるのは決まって、おれと山本が彼に分からない意志疎通をしている時だ──ものだから、おれは焦って「じゃあ獄寺君、大晦日は家においでよ」と彼に向かって言ったのだ。

 だから十二月三十一日の今日、獄寺君は家の居間のこたつの中でだらだらと寛ぎながら、もう年を渡る間際、年越しソバを目の前に、そわそわと鐘の音を待ちわびていた。
 母さんが自分の分のソバを手に居間にやってきて、「伸びちゃう前に食べなさいよ」と間延びした声で告げると、ランボとイーピンが口々に「いただきます」と叫んだ。
 狭いコタツを5人で囲むのはいささか窮屈だけど、悪い気はしない。
 リボーンとビアンキは二人で出かけているし──日本で一番有名な神社に初詣に行くのだと言っていたが、一体どこなんだろう──、父さんはイタリアから帰っていない。だから今年は五人だけで、少し騒がしく2008年を迎えることになる。
「去年は獄寺君、正月のあの変なイベントに参加させられただけだったもんね。あれじゃ正月気分も味わえなかったでしょ。今年はリボーンもいないし、ゆっくり日本の正月を楽しむといいよ」
 そう言ったら、獄寺君は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます! いいもんスね、こうやってのんびりソバ食べながら新年を迎えるの。今までオレ、ニューイヤーなんてまともに迎えたことなかったっスから。マフィアにとっちゃ、敵の気がそぞろになる、奇襲にちょうどいい時期、って印象しかなかったですよ」
 おれはソバをすすりながら、隣の獄寺君の言葉を聞いていた。声は限りなく穏やかで、ただの思い出話にしか聞こえない。だからそれが悲しいことなのか、おれには分からない。だけど、今隣に獄寺君がいる事実を嫌ってほど噛み締めておかなければと、ただそう思った。
 鐘の音が鳴り響き始め、辺りは静けさに包まれる。ソバをすする手を止め、いつもはうるさいチビ二人も、スイッチを切られたみたいに、じっとその音に耳を済ませている。
 おれは不意に隣を見上げた。獄寺君は目を閉じて、まっすぐ正面を向いている。何かを誓っているようで、きっと今、彼は自分の国の神様に祈りを捧げているのだと思う。日本には沢山神様がいるのだから、多分問題はない。
 百八つ、きちんと数えたわけではないけど、テレビからひっきりなしに聞こえるおめでとうのコールが、新年を告げていた。
 目を開けた獄寺君は、こちらを見据えると、やけに荘厳な印象で言う。
「今年も、ずっと二人で。オレのすべてはあなたの元へ」
 まるで言霊を信じているみたいに、それはとても重く聞こえた。おれは何も言えずに俯く。そしたら、こたつ布団の中、彼の手がおれの手を取った。強く結ばれたその手は、彼の言葉そのもののようだ。おれは何か答えなければと、強く手を握り返す。こわごわ顔を上げると獄寺君は、嬉しそうに微笑んでいた。
「今年もよろしくね」
 おれが言えるのはそれだけだった。
 けれど獄寺君は満足そうにに頷いた。それで充分だとでも言いたげに。
 母さんの暢気な声が聞こえる。
「おソバ出すの遅かったかしら。結局ほんとに年越しになっちゃったわ」
 はっとしたようにおれ達は手を離すと、残っていたソバに再び手を付け始める。少し冷めて伸びきったソバは、お世辞にも美味しいとは言えなかったけど、獄寺君はやけに幸せそうに呟いた。
「あったかいっすね」
 そんな風に思ってくれるだけで、おれは嬉しくて、食べ終えてからもう一度、彼の手を握りしめた。

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