He loves you 本文サンプル

※kissa分のみです



 手紙をなくしたことに気がついたのは、放課後、部活を終えて帰るちょうど間際だった。鞄のポケットに入れていたはずの封筒が、どこを探しても見つからないのだ。私は大いに焦った。美術室の片隅、突然挙動不審に鞄の中身を漁り出した私を、が訝しげに様子を窺っていたが、そんなこと気にかけている場合じゃなかった。あんなもの、もし誰かに拾われでもしたら!
 大好きな古泉先輩への気持ちをありったけしたためたラブレター。深夜のテンションで仕上げたそれを、私は読み返すことなく封して、そのまま先輩のげた箱に投げ込んでしまうつもりだった。けれど私には度胸がなかった。先輩のげた箱の前にいざ立つ段になって私は急に怖気付いた。結局手紙をげた箱に入れることなく、私はそれを鞄の中に仕舞い込んだ。
 読み返していないものだから何を書いたのかも記憶があいまいだが、とにかくとてつもなく恥ずかしい内容であった気がする。学年もクラスも書いていないものの、手紙の中に記名はしていたから、万一自分の教室内で落としたものをクラスメイトに拾われたら大事だ。よくて拾った相手に夢見がちなラブレターもどきを見られたという絶望的な羞恥を味わう羽目になるし、最悪口の軽い人間にでも見られたなら、クラス中の晒し者になる可能性だってないとは限らない。そうなればもう、私のささやかな高校生活は終わったも同然だ。考えるだにぞっとする。
 急いで教室にとって返して床中舐めるように探したが、そこでも手紙は見つからなかった。念のため教室から昇降口までの道筋を辿ってみても、結局私の手紙の行方は知れないままだった。
 生きた心地のしないままその夜を過ごし、次の日、死刑宣告を受ける重罪人のような気分で教室に向かった。けれど想像したような最悪の事態はいつまで経っても訪れなかった。にやついた顔で私の前に拾った手紙を差し出す者もいなければ、掲示板に中身が貼り出されているようなこともなかった。もちろんひそやかな噂の的になることもなかった。安堵すると同時に、いささか拍子抜けした私は、考えてみればそんな漫画やドラマみたいな話、そうそうあるわけがないと思い直したのだった。きっと落とした手紙は掃除のときにゴミと間違われて捨てられて、今頃焼却炉の中で灰になっているんだろう。そう思ったらげんきんなもので、日の高くなる頃にはすっかり気が楽になっていた。
 だから昼休みに彼が訪ねてきたとき、手紙のことなんてすっかり意識の隅っこに追いやられていた。そのとき私はお弁当を食べ終えた友人たちと教室の隅で、昨日見たドラマについて話を弾ませている真っ最中だった。そろそろ物語の佳境に入り始めたドラマの昨晩のクライマックスシーンについて盛り上がりを見せたちょうどその際、私の名前を呼ぶクラスメイトの声が話を中断させた。お客さん、そう続けてクラスメイトは教室の後ろ扉を指差す。廊下からひょこっと顔を出す「お客さん」を見て、私は数度目を瞬かせた。「お客さん」の顔を私はよく知っていたけれど、そこに立っているにはあまりに意外過ぎた。よほど何かの間違いだと思ったほどだ。私は半信半疑ながらも扉に寄りかかって立つ彼の元に向かって、小さく会釈をした。私を認識した彼は目を見開いて、確かめるように私の名を疑問系で呼んだ。間違いでもなんでもなく、彼はたしかに私に用があるのだ。私は怪訝に思いながら頷いた。彼はちょっと困った顔をして、何事か切り出そうとしては口を噤む。私はますます不思議に思う。
 その人は古泉先輩の、おそらく一番近しい友人であった。
「どうも、ええと――ちょっといいかな」
 ここじゃあ話しにくいことなんだが、彼は私にだけ聞こえる声でそう囁いた。教室内が静かにざわめき出す。いたたまれないったらない。なんらかの話があるにせよ、ある意味校内有名人である先輩がいきなり下級生の教室を訪ねるなんて、ちょっと考えなしじゃないだろうか。そう、おそらく学校内で彼の名前を知らないものはそうそういない。私みたいなただの一生徒を訪ねてくるのが不自然なくらいには、彼は特殊な存在なのだ。私はそちらを振り向かぬまま彼を促し、騒がしい教室を離れた。
 先先と前を行く私の後ろをゆったりとした足取りでついてくる彼――キョン先輩と皆からは呼ばれている――を、時々振り返っては窺う。どこを見ているのだか分からない視線は私を捉えていない。一度目振り返ったときには廊下に並ぶ窓の外、二度目は職員室前の掲示板。彼はよそ見ばかりしていた。


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