古泉氏は猫を一匹飼っている。烏の羽に似た艶やかな黒い毛並みと、三日月の映る湖面の目を持った猫に、古泉氏は何か特別な意味を込めて、キョンという名をつけた。どんな意味なのかは分からない。今度聞いておくとしよう。
古泉氏は大学校に通う勤勉な学生である。専攻は生物学で、生殖細胞の研究家である教授にずっと師事している。今年で五年目だ。件の猫はその教授からもらった。もらったというより、押し付けられたといったほうが正しい。
教授の家で毎年生まれる仔猫のことは、教授のゼミ生の中でも有名で、春になるとその時期は皆、研究室以外で彼と鉢合わせしないよう、じゅうぶんに気を張らなければならなかった。特に喫煙室と食堂は要注意だ。古泉氏は煙草を嗜まないから、つまり残るは食堂が、彼と猫の最初の出会いの場であった。「実験動物・患畜・その他生物の持ち込みはご遠慮ください」と書かれた貼り紙の前で、彼と猫は初めて顔を合わせたのだった。
もともと古泉氏はそれほど猫が好きなわけではなかった。無論飼ったこともない。例えば教授は多くの猫好きがそうであるように、道端に猫を見つけると目の色を変えて近づき、飽きるまでかまい倒すが、古泉氏はそうではない。実習や実験で扱うことはあっても、今まで特別な愛情をもって接した覚えはなかった。余談であるが、教授はまるでセンサーでも付いているのではないかと思うほどに、野良猫を発見するのが上手い。植え込みの脇だの車の下だの、妙な場所を覗き込んでいるときは、たいがい猫がそこに寝転がっている。よくぞこんなにも分かり辛いところまで! 素直に感嘆を口にすると、教授はしたり顔で頷くが、よく見ると実は口の端っこが、ほんの少しだけ持ち上がっているのが分かるはずだ。
そろそろ教授の話は置いておいて、古泉氏の猫について話をしよう。前口上の長い話なんて、聞くのが嫌になるだけだろう。だってこれはただの前置きなのだ。
古泉氏の住むおんぼろの一軒家が、彼の猫の住処だ。部屋数だけは馬鹿にある昔ながらの日本家屋を、古泉氏は格安の家賃で借り受けている。どうしてそんなに安いのかといえば、彼が化物屋敷に限りなく近いこの家の手入れを一手に引き受けているからだ。
彼の猫は、いつも彼の家で彼の帰りを待っている。かと思えばふらりと出かけたきり二三日帰ってこないなんてこともある。最初に一日帰ってこなかったときは、古泉氏も随分と焦ったものだったが、今では、猫とは気まぐれなものだ、などと思いながら、掃き出し窓の隙間を数センチだけ開けて、今度は彼が猫の帰りを待つことにしている。
それから、これが大事な、いっとう大事なことだ。彼の猫はときどき、人の姿をして街を歩く。いつ頃からそうだったかは分からないが、気が付いたらそんな風だったので、古泉氏はたいした驚きもなく、その事実を受け入れていた。それこそ気まぐれで、さっきまで猫の姿で丸まって昼寝していたと思えば、次に見たときは人の姿で縁側に腰掛けてるといった具合だ。
とにもかくにも、これから話すのは、彼ら一人と一匹がのんべんだらりと送る日常の、ほんの他愛もない小さな出来事についてである。
この前置きを頭の隅っこにでも置いて、聞いてもらえれば幸いだ。