100 love letters

 前略
 今日は良い天気です。今いる国は、昼間あたたかく過ごしやすいので、
 僕は毎日カフェのテラスで、あなたに手紙を書いています。
 何も考えず書き連ねると、恐ろしく長くなってしまうから、
 何度も何度も書き直します。
 そうしたら、はがき一枚で事足りるほど、短くなってしまうのです。
 両極端だと、自分でも思うのですが、どうしようもありません。
 これが僕の性格なのだと思います。
 
 外国で飲むコーヒーは、どうしてこんなにもおいしいのかと、
 いつも不思議でなりません。
 やはり、空気が違うからでしょうか。


    26

 古泉からの手紙は、毎日毎日、いちじつも途切れずに届く。よくも飽きもせずこんなに続くものだと、キョンは半ば感心しはじめていた。たいてい、どこかにじんでいたり、角が折れていたりするのは、古泉のせいなのか郵便配達人のせいなのか、いまいち判別がつかない。どうも古泉がモノを飲み食いしながら書いているせいではないかと、キョンはにらんでいる。不精なところは変わらないなと、キョンは思わず笑みをこぼした。
 無性に悔しいので、いつも古泉の手紙を読むのは、食事のついでと決めていた。今日は卵を割りすぎたせいで、異常にでかくなったオムレツがお供だった。
 不思議なもので、こう毎日手紙が続くと、まるで古泉の手紙を読むのが日課のように思えてくる。もし今後一日でも届かないことがあれば、まずまっ先に、古泉の身に何か起ったのではと懸念しそうで、その事実にキョンはげんなりした。
 しかしキョン自身、古泉をまったく笑えないのは、一時分、毎日でも彼の家に足を運んでいたからだった。

   *

 二人はよく一緒にでかけた。近所の公園とか、買い物に駅までとか、たまに足をのばして、観光地みたいな場所にも行った。
 古泉のキスは、キョンにとってたしかに衝撃であった。だからといって、あからさまな嫌悪感を抱くこともなく、それどころか卒業以来、今まで以上に会う回数が増え、キョンはそれが自分でも不思議だった。
 会いたくないなんて思いもしなかった。だからといって二人でいることが、楽しいかどうかも分からなかった。キョンにとって古泉は、空気みたいな存在になった。もしくは宝物と言い換えてもいい。あれば特に意識もしない、たまにいることを確認しては安心するような、そんな存在だった。
 大学が始まるまでの短い間に、古泉は本格的に引っ越しの準備をはじめた。キョンも何度か手伝いに行った。県をまたぐし、沿線も変わってしまうが、それがキョンの足を遠のかせる原因にはならなかった。

 引っ越し先の周りには桜並木が多く、駅から続く目抜き通り(といっても何もない通りだ)にも、延々と桜が植えられていた。花見の時期には少なからず人通りのあった通りも、花の散り終えた今となっては閑散としている。この年の桜は、咲きはじめも散りはじめも早く、引っ越しの荷物をあらかた運び終えた頃には、すでにほとんどが葉桜に変わってしまっていた。
 緑生い茂る並木道を二人は抜ける。最後の手荷物を運びながら、古泉は頭上を見あげて言った。
「緑というのは生命の象徴ですが、桜のそれはどうしてか、一度死んだ後のよみがえりのように思えます」
「つまり生命の象徴じゃねえか。生き返ってんだろ」
「いえ、そうではなく、よみがえりなんて不自然な現象ではないですか。通常樹木の一年のサイクルは、花が散り葉が生まれ、落葉し、冬を終着点として、また春から繰り返されるイメージがありますが、桜は花が散った時点で、一度生命活動を終了しているような気がするのです。そうなると今度は、花の時期が幻ではないかとか、実は葉が出てきて初めて、桜は生きはじめるのではないかと、考えてしまって」
 馬鹿馬鹿しいとキョンは思ったが、だからといって無下に否定もできなかった。桜は見るからに、あえかな雰囲気がある。しかし古泉の口から語られたはかなさの印象は、文学者の表現のような詩的なものではなく、もっと切実な感情が込められている風に聞こえた。なんと答えるべきなのかキョンはずいぶんと迷って、結局思ったことを何も口にできなかった。
「つまらない話をしてしまいました」
 古泉のやけに通る声が耳に届き、そこで話は打ち切られたからだ。
「お腹が空きませんか。荷物を置いたら、何か食べに行きましょう」
 そう言った古泉の語調は、もう普段通りに戻っていた。だからキョンも、何事もなかったように答える。
「この辺店も何もないだろう。もしかしてスーパーに買い物に行くにも、一駅越えにゃならんのか」
「そうですねえ、これは自転車が必要かもしれません」
 古泉がのんびりとした口ぶりで言いながら、腕組みをしているのを、キョンは呆れ眼で見やった。こいつはこれからどうやって生活してゆくつもりなのか。桜の行く末など気にしている前に、まずは自分のことを気にすべきだと、キョンは古泉に言い聞かせたくなった。

 その頃から古泉の家には何もなかった。部屋には申し訳程度に置かれた書棚とベッド、それから小さなコーヒーテーブルのみ。引っ越し直後だからというわけではなく、むしろ引っ越し直後とは思えないほど、部屋はがらんとしていて、片付け逃した段ボール箱の類いも一つとしてなかった。
 あまりに寂しいから、せめてカーテンくらいつけろと言ったら、買ってきたのは遮光カーテンで、それにもキョンは呆れた。ずっとあんな薄暗い空間に出入りしていたせいで、光に長く当たると溶ける体にでもなったのかと考えつき、そのくだらない冗談を口にしかけたほどだ。しかし対する古泉の返答は、似たようなものだった。
「昔からの癖なんです。明け方帰って寝ることが多かったので、こちらのほうが都合がよくて。しかしもう必要のないものでしたね。うっかりしていました」
 古泉はカーテンを閉めきると、電気をつけた。しかも蛍光灯ではない。白熱電球である。
 まだ昼下がりだというのに、この部屋だけはまるで、夜の内側にあるみたいだった。外の様子は光の動き一つうかがえない。そうなると必然的に室内を意識するしかなく、しかし部屋で存在感を示しているのは、キョンの他には古泉一人しかいなかった。テレビでもあればいいのに、それすらなかった。どうやらこの部屋で行える暇つぶしは、たった一つ置かれた書棚に詰め込まれた大量の本を読むことか、背後にあるベッドで寝ることくらいのようだ。キョンの心中は呆れから諦めに変わろうとしていた。
「おまえ、前の家でもこんなんだったのか」
「そうですが?」
「休みの日とか何してたんだ?」
「本を読むか、寝るかですね」
 まさにキョンが思いついたばかりのたった二つの暇つぶしの方法を、古泉はなんでもない風に口にした。すぐさまキョンの頭の中では、人間らしい生活とは何か、というテーマで思いつくかぎりの主張がめくるめいたが、それを伝えることすら無意味に思えた。古泉自身、今までの生活に疑問を抱いていないということは、そんな風に過ごすことが、彼にとっての日常だったのだろう。そう理解したと同時に、キョンはひどくやりきれない気分になった。
 なんだかんだとキョンには今まで、古泉の暮らしぶりを目にする機会がほとんどなかった。高校の頃は二人きりで会うことがそれほど多くはなかったし、会ったとしても外で、それもほんのわずかばかりの時間だった。引っ越し前の家にだって、そういえば片手で足りる回数しか訪れていない。しかもあれは明らかに、対外的に作られていた。少なくとも表面的には、まともな生活を送っているように見えたのだから。
「まったく、呆れるな」
「何がでしょう」
「おまえの部屋には足りんものが多すぎる」
「別に困ったことはありませんが」
「きっとこれから困ることになるさ」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
 その適当なキョンの予言は半分外れで、半分は当たりだった。
 古泉の部屋のものは結局増えることがなかったが、古泉はたしかに、今まで通りの暮らしを送るのが難しくなったのだった。




>>28

back