これほどまで学校に行きたくないと思ったことがあっただろうか。連休明けの火曜日よりも、中間テストの返却日よりも、俺は今日が訪れないことを願った。
今ならハルヒが世界を改変することも厭わないとすら思ったが、生憎あいつは俺の神様でもなんでもない訳で、それゆえ俺の願いなど叶えてくれるはずはなかった。
顔を合わせたくないのは約二名。
内一人は、前述の涼宮ハルヒである。今、あの最低の悪事を思いついた悪役のような顔で笑われたら、俺はあいつの顔を殴り飛ばしてしまいかねない。うっかりそんなことをすれば俺の方が悪役への道一直線だ。自身の理性を最大まで高める効果的な方法を誰か教えてはくれないものだろうか。
重い体を引き摺って歩く学校までの道程は、トライアスロン並に堪えた。その上、寒さが余計に身も心も滅入らせる。途中、あのアホ面引っさげた谷口に出会っていなければ、俺は志半ばで道を引き返していただろう。
「おーっす、キョン。相変わらず寝ぼけた顔しやがって。冴えない高校生活送ってんなあ。俺なんか、昨日駅で超可愛い子ナンパしてよ」
谷口のアホ話が心を安らげてくれたことなど初めてであった。俺は生暖かい、可哀想な子どもでも見るような目でこのアホを眺めながら、ひと時の憩いを味わう。どうでもいい話が耳に心地よい。アホをよりアホらしくしらしめているその声も、非常に気の抜けるもので素晴らしい。
俺は心の中でこれ以上ないほど谷口を褒めちぎった。多分これが最初で最後であろう。まあそれくらい俺の気持ちは、どん底まで落っこちていたということさ。
うっかりアホみたいな話に気を取られていたせいで、昇降口に到着したと同時に予鈴のチャイムが鳴り響いたことも、この際許してやろう。
二人して競い合うかのように教室に入ったところで、俺は不意に違和感を感じて立ち止まった。後ろから谷口の文句が聞こえたが、どうもそれどころではない。
なんと自分の席の一つ後ろが空席のままなのである。
説明するまでもなく、そこは涼宮ハルヒの席だ。そして今まであいつが遅刻寸前の俺よりも後に教室に入ってきたことなどほとんどない。ハルヒはいつも俺を待ち構えるように、チェシャ猫のような笑みでもってそこに座っているのだ。
確か以前にあいつが俺よりも遅れて来たその数日後、閉鎖空間二名様ご招待の憂き目にあったような記憶がある。なんとも嫌な予感がするな。
「あれ、涼宮来てなくね? めっずらしー、遅刻かぁ?」
足を止めたままの俺の背後から覗き込みながら、谷口も訝しげな声を上げる。
始業のチャイムと同時に、携帯のメール着信音が鳴った。
曰く、「タイトル:最悪よ!(青筋マーク) 本文:昨日みくるちゃんと一緒に梅田まで新しいコスプレ衣装買いに行ったんだけど、帰りに電車が止まっちゃってさ。いつまでたっても動かないわ、空調効き過ぎで暑苦しいわでイライラして、無理矢理窓から降りたの(怒り顔マーク)そんで武庫之荘から家まで二人で歩いて帰ったんだけど、運悪く雨降ってきたわけ(傘マーク)予報では降るなんて一言も言ってなかったのよ!ああ腹立つわ、そんな訳で風邪ひいちゃったから今日は休むけど、団活さぼったら承知しないわよ!多分みくるちゃんもお休みだと思うけど、ちゃんと残り三人で活動しなさい。明日ちゃんと内容を詳細に報告すること、良いわね!」だそうだ。
そういえば昨日、夜半から雨が降り出したことを思い出す。あれは八時くらいだったか、随分と遅い時間までほっつき歩いていたものだ。朝比奈さんも雨の中寒かっただろうに、同情を禁じ得ない。
しかし長ったらしいメールだこと。これだけ文字を打つ元気があるなら心配無用だな。
岡部教諭が扉を開けようとするのを横目に、さっさと自分の席まで足を進めた俺は、腰を下ろすとほっと息を吐き、携帯をぱたんと折り畳んだ。
正直、助かった。
さすがに誰もいないあの席を見た瞬間、背中が薄ら寒くなったが──何せ昨日の今日だ、悪い想像をしないほうがおかしい──能天気なメールを目にして、俺は幾らか気が楽になった。
これでもう一人の方も雨に打たれて、風邪でもひいて休んでくれていれば最高なんだが、そうは問屋が卸さなかった。
昼休みに購買で鶴屋さんと顔を合わせたところ、案の定朝比奈さんは風邪でダウンしていて今日は休みらしい。
「あの娘も風邪なんざひくのねー! あっは、別にみくるがバカって言ってる訳じゃないよっ!」
それは言っているも同義だろうという、これ以上ないくらい失礼な暴言を吐きながら、鶴屋さんは笑って去っていった。相変わらず晴れ晴れとした台風のような人だ。
その帰り道、廊下で長門とすれ違った。
「……どう」
お前はもう少し主語目的語の使用を覚えたほうがいい、と進言させてくれ。何がどうなのか全く分かりゃしない。
「古泉一樹」
長門の口から、頭の半分くらいを占めていた名前が突然耳に飛び込んできたものだから、俺は思わずびくりと肩を揺らした。取り繕うように引きつり笑いを浮かべてはみたが、果たして長門に対して取り繕う必要があるのかは甚だ疑問だ。
「……ああ、古泉ね。うん、ありゃ、いかんな。相当参ってるぞあいつ」
珍しく他人のことを尋ねるだなんて、長門なりに奴を心配しているのだろうか? しかし人の名前だろうが金属の名前だろうが、同じような抑揚のなさで口にする奴である。
は虫類のごとく無表情な長門を眺めながら、そういえばこいつは魔法っぽい不思議パワーの使える宇宙人だったな、と思い立ち、俺はふととあることを提言してみた。
「なあ長門、お前でも古泉のアレ、治せないもんなのか?」
「……出来ないことはない。ただし、涼宮ハルヒが作り出したこの改変世界では、今の彼の状態が正常値。だから無理に数値を変化させると、再改変で通常値に戻った際、彼に異変が生じる可能性がある」
なんか良く分からんが、今長門が超パワーで古泉を治しても、ハルヒの気が元に戻った時に、おかしな具合になるってことか。
「そう。そうなれば、深刻な後遺症が残るかもしれない。危険」
危険か。それはいかん。危険を冒してまで再度の精神操作を与えるくらいならば、俺が努力して譲歩するほうが幾らかましな気がする。
「そんじゃあ、いい。なんとかハルヒの気を変える方法を考えることにする」
そう言うと、長門は小さく頷いた。二人で肩を並べている俺たちは、この会話さえなければ、至って普通の男子女子であり、知らない人間から見れば、絶賛学内恋愛中のカップルに見えんこともないかもしれん。女子の方がちと無愛想ではあるが。
下らないことを考えていたら、長門のガラス玉みたいな瞳がこちらをじっと見つめていたので、なんとも居辛くなった俺は早々にその場を退散することにした。
今日はよくよく知人に会う日だな、と俺が溜め息吐いたのは、あいつの姿を数メートル先に発見した時だった。
「おや、こんにちは。今日は涼宮さんはお休みだそうですね。風邪をひいたようですが、心配です。どうです、お見舞いに行ってあげては。きっと喜ばれると思いますよ。お一人では気乗りしないようでしたら、僕と長門さんもご一緒しますしね。もちろん、あなた一人で行っていただければ言うことなしなんですが」
俺の顔を見た途端、古泉はそう一気にまくし立てた。まるで俺に余計な口を挿ませたくないかのようではないか、というのは気にし過ぎか。俺はあの元気そうな病人よりも、お前の方が余程心配だがな、とは勿論口に出さない。
一日経って落ち着いたのか、古泉はいつも通りの曖昧な微笑みを顔に貼り付け、物腰柔らかな口調で世間話に興じている。昨日のあれはもしや夢だったのかね。そうであればどれほど気が楽か。
しかし古泉の手がそわそわと首筋と頭頂部を行ったり来たりしているのに気づき、そんな希望的観測はとっとと捨てることにした。
「古泉、手が踊ってるぞ」
俺が言うと、古泉ははっとしたように動きを止め、乾いた笑い声を漏らした。
「……なかなか上手くいかないものですね。僕は今まで一体どうやって上手く僕を演じていたんでしょう。朝比奈さんに頼んで、過去の僕に会いに行って教授願いたいところです」
冗談を口に出来るほどには精神回復しているらしい。しかし顔色はあまり良くないようだ。じっくり見ると、目の下が薄らと暗い。
まったく、過去の自分に古泉演技指導を受けるよりも、羊を数える方法を習った方がいいんじゃないか。
「おい古泉、お前顔色が悪いな。具合悪いんなら、今日は団活休め。どうせハルヒも朝比奈さんも来んのだから、来たって俺と向かい合って負けるオセロでもしながら、長門を眺めるくらいしかすることはないぞ」
「ご心配なく。それに、涼宮さんからのメールには、さぼったら承知しない、とありましたしね」
あいつは古泉にまであのメールを出していたのか。この分だと長門の方にも届いていることだろう。
「体の方はいたって健康体ですよ」
そう言うと力こぶでも作るみたいなポーズで、古泉はにっこりと笑みを浮かべる。
確かに、昨日よりは元気そうではあるな。俺はなんとなくほっとして、ようやく古泉に笑いかける余裕ができた。
「ああそうかい。そんじゃまた放課後にな。しんどかったら帰れよ」
お互い片手をあげて別れる。俺は五組、古泉は九組に。そういえばここいらを九組の人間が通るのも珍しいことだ。わざわざ用でもなければ、使うことのない通路だろうに。長門に助けを乞いにでも行ったのだろうか。さっき聞いた説明を受けて肩を落とす古泉を、俺は想像した。
しっかし、律儀なもんだね、この宇宙人モドキも。ハルヒがいようがいまいが、いつも部室の隅っこで置物と化している。まあSOS団として活動していなければこいつは文芸部員な訳で、ただボードゲームに興じているだけの俺や古泉に比べれば、至極真っ当な理由でこの場にいることになるのだが。
放課後の部室、相変わらず長門は弁当箱みたいなノベルスを、大体一ページ毎同じような割合で読み進めている。その横で俺と古泉は、ダイヤモンドゲームを広げ、絶賛プレイ中だ。
古泉の陣地まで駒を進めながら俺は、意外と拍子抜けだなあ、などと考えていた。ゲームの内容のことを言っているのではない。こいつとの対戦が拍子抜けなのはいつものことなので、それは意外でもなんでもないのだ。
意外であり拍子抜けであるのは、古泉と普通に会話している自分自身である。自分で言うのもなんだが、もっと取り乱すとか会話に齟齬が発生するとか、そういう風になるかと思っていた。
昨日あれだけ驚愕するようなことがありながら、今の俺は自分でも不思議なほど落ち着いている。こいつらのおかげで、俺はどれだけ順応性を鍛えられているんだろうね。
まあこれだけ、どいつもこいつもデタラメなばかりのSOS団の中にいれば、科学者でも心霊現象を信じるくらいには非常識な感覚が身に付くだろう。
この世には不思議なものは何もないなどと曰っていた拝み屋風情がいたが、俺はそいつにもの申したい。
あるよ、不思議。もう、なんつーかその辺に転がってる石ころ並みにある。
目の前にいた不思議その四くらいが喋りだしたのを機に、俺は心の中で某拝み屋に当たり散らすのを中断した。
「昨日のお話ですが、」
言葉を紡ぎながら、古泉はとんでもないところに駒を置く。
「おい、そこはまだ置けんだろ」
俺が注意を促すと、古泉ははっと顔を上げて照れ隠しのように微笑み、間違って置かれた駒を指でつまみ上げた。そうして俺が予想した通りの場所にそれを置く。もう勝ったも同然だな、と一目で分かる盤面だ。
「これは失礼。それで昨日のことです。何か得策はありませんか?」
動揺しているのか冷静なのかはっきりしろ、と言いたくなるほど、口調は穏やか、しかし動作は限りなく尋常でない今の古泉が、だんだんと面白くなってきた。
いや、こう言っては不謹慎か。少なくともこいつはほんの数パーセント程度の責任ではあるが、俺のせいでとばっちりを受けている訳であるし。
「お前はそう言うが、じゃあ俺は何をしたらいいんだ。俺にできることなど何もないと思うぞ。俺に頼むくらいなら、朝比奈さんに過去に連れていってもらって、馬鹿な考えを起こさんようハルヒに注意する方がよっぽど確実だ。そうしろ、な。安心しろ、変装すりゃお前って分からねえよ。なんならその変装の手伝いをしてやってもいい」
俺の提案に、古泉は眉尻を下げて苦笑を浮かべた。顔中に「困っています」と書いてある。気が合うな、俺も今まさに困っている最中だ。
「なかなかセンスの良い冗談だとは思いますが……。ええ、そうですね、あなたにできることはたった一つ、しかしそれが一番確実なのです。僕が言わなくとも分かっているかとは思いますが?」
俺は何も言わずに、手駒を進めた。占領完了。
「ああ、負けてしまいました」
古泉がアメリカ人のようなポーズで首をすくめる。
ゲーム終了となった盤面を眺めながら、俺は多分苦みばしった顔を浮かべていたことだろう。むかむかと、昨日感じた怒りが込み上げてくるのが分かった。
「すまんが、今は無理だ。正直あいつが今日休んでくれて、俺はほっとしてる。多分顔見た途端に、殴るか暴言吐くかはしただろう」
「それは僕のためにですか?」
どうだろうね。このなんだか分からない胸のムカつきが、果たして古泉に同情してのことなのか、はたまたこれ以上振り回されたくないという自分可愛さのためであるのか、しかしそんなことはどうでもいい。
ただ、俺があいつに対して──と言うよりも、あいつの訳の分からない力らしきものに対して、並々ならぬ憤怒が湧き上がっているのは確かだ。それは一日経っても一向に収まる気配を見せず、ハルヒが登校してくるであろう明日から、一体どうしたものかと悩んでいる最中なのである。
「それは困りましたね……大変うれしいのですが、それでは状況が悪化しかねない。どうか善処いただけるようお願いします。こう見えても結構精神的に限界がきているというか。昨日もあなたのことを考えながら倒錯的な妄想に浸ってオ、」
「いや待てそれ以上言うな、聞きたくない、聞きたくないぞ。お前の精神が異常をきたしているのはよっく分かった。だからそう自虐に走るな」
どうやら俺の想像以上に古泉の頭ん中は恐ろしいことになっているようだ。確かに自分勝手な我が儘で、悠長なことを言っていられないな。怒りを忘れろ、俺。演技でいいんだ、優しい言葉をかけるくらい簡単なことだろう。
しかし、そう簡単にマインドコントロールが出来るほど、俺は器用ではない。
「……分かった。努力する。でも、少しだけ猶予はくれ。気持ちの準備とか、こう、色々あるだろう」
俺がそう言うと、古泉は一瞬考え込むような仕草を見せて、それからこいつにしては珍しい、満面の笑みでもって答えた。
「ありがとうございます」
そんなにうれしそうに笑わなくとも。古泉よ、お前はそんなにも今、辛いのか。
それはそうだろうよ。無理矢理好きにならされた相手がよりにもよって同性、しかも特筆すべきもない普通の人間である。しかも性的興奮まで覚えさせられるとは、仏でなくとも憐憫の情が湧くというものだ。
しかしなんとなく腹立たしいのは何故だろう。そんなに力一杯否定しなくともいいではないか。こう見えても俺にだって多少は長所や魅力があると、自分では思っているのだが。
「あなたが僕のために努力してくださることが、うれしくてつい顔に出てしまったんです。ええ、あなたは最高に魅力的ですよ。今の僕にとっては」
ますますもってうれしくない。しかもその言い方では、褒めているとは言いがたいぞ。
「とんでもない、本心からの褒め言葉ですよ。それに、これで僕も安心して開き直れるというものです」
「なんだって?」
「どうやらこの状況は期間限定で済みそうですから、僕も開き直って、恋愛というものを楽しもうかと、そう思っているんです」
古泉は良いながら、唇に手をあて、見事にウインクをかました。さすがに背筋がぞわっと来たね。ウインクの上手い男なんて気味が悪いだけだ。
「考えたら、なんだか楽しくなってきました。どうです、明日は一緒に屋上でお弁当でも。残念ながら料理は不得意なので手作り弁当とはいきませんが」
「あほ、今の季節に屋上で弁当なんか食えるか。凍え死ぬっつーの」
呆れて突っ込みながらも、俺は心の中で安堵の息を吐いた。
昨日のあの苦しげに顔を歪める古泉に比べれば、多少気味の悪いことは言うが、今の楽しげに笑うこいつを見ている方が余程、安心感を覚える。
ぱたん、と、本を閉じる音が部室内に響いた。
忘れていた訳ではない。いや、嘘をついた。本当はすっかり忘れていた。
読書中だったSOS団員その二の存在を。
「な、長門、帰るのか」
俺の問いに長門はこっくりと頷いた。ところで今の俺たちの話、別に誰にも他言しないとは思うが、一応言わせてくれ。聞かなかったことにしてくれと。
「いい」
その長門の一言を、肯定の返事と受け取っていいものと判断して、俺たちは席を立った。ジャケットを羽織りながら、各々部室を後にする。
外はすっかり薄暗くなっており、部室棟の廊下もそれに伴って冷え込みが増していた。もうすっかり冬の様相だな、と俺は窓の外の中庭を見ながら思う。
俺の後ろに続いていた古泉が、歩きながら耳元に囁きかけてきた。無駄に近いのはいつものことだが突っ込みたい。顔が近い。
「手をつなぎませんか」
古泉のウイスパーボイスで繰り出されたその台詞に、さすがの俺も固まった。いや無言を肯定ととらないでくれ。俺の手を取ろうとした古泉の手を華麗に避け、
「なんでだ」
「手ぐらいいいじゃないですか。折角なので高校生らしい、甘酸っぱい気持ちを味わいたいんです」
「一人で味わっとけ。大体俺のほうは甘酸っぱいどころか、腐った気持ちになるのが目に見えてる」
古泉は眉毛をハの字にしながら笑うという器用なことをやってのけ、「それは残念です」と、心なしか楽しげに呟いた。
「そのかわり、明日は一緒にお昼を食べてください。屋上でなくても構いません。それくらいならばいいでしょう?」
まあ、それくらいならな。頷きつつ憮然とした気持ちを感じながら歩みを進めていると、いつの間にやら古泉は、俺の手を取っていやがった。結局無断で不意打ちするのならば、さっきの確認には何の意味があったんだ。
「止めろ気色悪い」
不機嫌な口調をもろともせず、俺の掌をぎゅっと握りしめる古泉の手は、異様なほど熱く汗ばんでいる。おいおい今は冬だぞ。どれだけ体温の高いお子様だ。
鬱陶しい、気色悪い、と思いながらも、しかし俺はその手を振りほどけないでいた。
古泉の顔は、傍目から見ても分かるほど真っ赤になっていたのだ。暗がりでも気付かれるくらいだから、相当なものだろう。
なんだかな。本当に、どっちなんだろうかこいつは。本気で楽しもうとしているのか、俺への当てつけなのか? 緊張しているのか、余裕なのか?
こんなにもアンバランスな古泉というのも珍しい。どうやら、俺にもこの極限状況を楽しむ余裕が生まれてきたようだ。
古泉と、古泉の抱く感情に、俺はすっかりと興味を惹かれていた。
昨日古泉は言った。その気持ちは作られたものではあるが、確かに存在していると。
果たして作為的だと自覚しながら、その恋を全うするなんてことが出来るのだろうか。
しかし古泉のこの手の熱さも、頬に射す赤みも、事実ここにある。古泉は確かに、俺に恋をしていると言う。それがハルヒの仕業と分かっていながら。
不思議だ。どんな感覚なのか、どれだけ想像しても見当もつかない。
俺は一生懸命その感覚を掴もうと、無意識につないだ手に力を込めていた。多分相手からすれば、つなぎ返してもらえた、と思うくらいには。
しかし繰り返すが俺は、無意識だった。だから古泉がそれをどう思っていたかなんざ、考えも至らなかった。
この時、古泉が俺の隣で、どんな表情を浮かべていたのか?
それを知るのは、もう少し後のことだ。
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